ステラーカイギュウ(Hydrodamalis gigas)は草食の海洋性哺乳類で、大きいものでは全長約8m、体重は4tにもなるカイギュウでも最大級の種である。巨大な鯨類を除き有史時代に存在した最大の海洋性哺乳類だ。最も近い種はインド太平洋に生息するジュゴン(Dugong dugong)だが、熱帯地域の大西洋沿岸とその両側の河川デルタに生息する3種のマナティ(Trichechus ssp.)もカイギュウ目に属する。しかしその3種は別の科(Manatidae)を形成する。マナティとジュゴンの主な違いは尻尾の形で、マナティの尻尾は丸いのに対し、ジュゴンの尻尾はイルカのように二股にわかれている。巨大なカイギュウの尻尾の幅は2m近くになることもある。もうひとつの違いは頭蓋骨と歯にある。現存するカイギュウの全種が温水を好むのに対し、ステラーカイギュウは冷たい北太平洋に生息した。化石からも北太平洋沿岸の南は日本とアメリカのカリフォルニアまで分布していたことがわかっている。数多くのステラーカイギュウが北太平洋全域に分布していたのだ。
ステラーカイギュウの博物画① (画像をクリックで拡大表示)
1741年にゲオルク・ヴィルヘルム・ステラーが初めて本種について記述した時には、すでにたったひとつの個体群が無人島のコマンドルスキー諸島周辺に残るのみとなっていた。ステラ―はベーリング海峡の調査旅行中に乗っていた船がこの島で座礁したため、本種の生態について記述するのに十分な時間があったのである。彼の記述によるとステラーカイギュウは「大きなアザラシのようで、ずんぐりとした前足とクジラのような尻尾を有していた。その前あしは泳いだり、浅瀬を歩いたり、岩場で体を支えたり、藻や水草をとったり、 もちろん身を守るためにも使っていた。皮膚は分厚く生き物のそれとい うよりはオークの老木の樹皮のようだった」と記されている。そのため「樹皮動物」(Bark animal)とも呼ばれていた。
5種のカイギュウたちの生息地 (画像をクリックで拡大表示)
皮は黒色でしわがあり、表面はざらざらとして硬く丈夫で毛はなかった。皮膚のしわなどについては、端脚類のダイカイギュウシラミ(Cyamus rhytinae)や蔓脚類といった寄生動物が管で皮に穴を開けたものだったということが現在では判明している。皮下には厚さ10 cmほどの脂肪があった。また表皮は厚さが7cmもあり弾性が高いため、流氷や岩場に打ちつけられて生じるような怪我から身を守った。
ジュゴン、ヒト、ステラーカイギュウのサイズ比較 (画像をクリックで拡大表示)
巨大な体の割に頭は小さく、上唇は下あごを覆うほど分厚いものであった。頭蓋骨の下部に小さな口があり、歯がない代わりに口先は二重構造で、口を閉じた時にできる隙間にはたくさんの太くて白い(長さ38mm程の)硬い毛があり、この硬い毛が歯の代わりとなって余計な海藻を取り除き食べ物だけを漉し取ることができた。そして、上下にある歯のような白くて硬い骨で咀嚼した。
ステラーカイギュウの骨格標本 (画像をクリックで拡大表示)
ステラーカイギュウはベーリング海峡を通ってアラスカへ向かう船乗りやアザラシ狩猟者、毛皮商人たちによってあっという間に絶滅に追いやられた。主に食用、そして船の資材として皮を利用するために狩られた。また皮下脂肪は食用以外にオイル ランプにも利用された。煙やにおいがなく、温暖な気候で長期保存しても カビが生えないため重宝された。そして発見から27年後の1768年、動きが遅く簡単に捕まえられるステラーカイギュウはこういった乱獲が原因で絶滅したのである。
現在では、ステラーカイギュウの頭蓋骨や骨格の一部は、比較的多くの自然史博物館で見ることができる。日本でも沖縄美ら海水族館で展示されている。しかし全身の骨格はめったに見ることはできない。おそらく完全な骨格は世界中でも10-20体があるだけだろう。そのほとんどがロシアにあり、残りの数体がイギリス、フランスとドイツにある。しかし、我がLOST ZOOではこの珍しいステラーカイギュウを生きた姿でご覧いただける。どうかお見逃しなく。
LOST ZOOキュレーター ユルゲン・ランゲ